前回の記事では、
「療育って、なに?」
そんなところから始まった私たちが、療育につながっていった頃のことを書きました。
療育に通い始めてから、私は少しずつ、ぱんだの行動の理由を知るようになりました。
それまでは、ただの「苦手」や「気になる行動」に見えていたこと。
でも、そのひとつひとつに、ぱんだなりの理由があるのかもしれない。
そう教えてもらううちに、私の中でも、ぱんだの見え方が少しずつ変わっていきました。
今回は、幼い頃のいくつかの出来事を振り返りながら、療育で知った「感覚」のことを書いてみようと思います。
ずっと気になっていた、つま先立ち
ぱんだの発達が気になり始めた、最初のきっかけのひとつ。
それが、つま先立ちでした。
小さい頃から、よくつま先で歩いていたぱんだ。
自治体の健診で相談したこともあります。
でも、そのときはマットの上だったからなのか、普通に足の裏をつけて歩いていて、
「しばらく様子を見てください」
というお話になりました。
それでも、家ではやっぱりつま先立ち。
なんとなく、気になる。
心臓の定期検診のときにも相談すると、
「足の裏が敏感なのかもしれない」
という話が出ました。
確かに、足の裏を触られるのは嫌がっていました。
だから私は、
「足の裏が敏感だから、つま先で歩いているのかな」
と思っていたんです。
でも、療育につながってから、別の見方も教えてもらいました。
ぱんだの場合は、つま先立ちをすることで、筋肉に刺激を入れているのかもしれない。
苦手な感覚を避けるだけでなく、自分から刺激を求めている可能性もある、と。
つま先立ちの理由が、ひとつに決まったわけではありません。
でも、私には思いつかなかった見方でした。
刺激を求める一方で、遊具は怖かった
「刺激を求めている」
そう聞くと、身体を動かす遊びが大好きな子を想像するかもしれません。
でも、ぱんだは遊具がとても怖かったんです。
公園に行っても、なかなか遊具では遊びませんでした。
幼稚園でも、小さな、小さな滑り台を滑るのが精一杯。
高いところや、揺れるもの。
身体が自分の思ったとおりにならないような動き。
あの頃のぱんだには、そうしたことが怖かったのかな、と今は思います。
つま先立ちでは、自分から刺激を求めているのかもしれない。
でも、遊具で身体が動くのは怖い。
最初の私は、同じ子の中に、その両方があるなんて知りませんでした。
「刺激が好き」「刺激が苦手」
そんなふうに、どちらかひとつで分けられるものではないんですね。
指につく、のりのベタベタも苦手
幼稚園でよく使う、指ですくって塗るタイプののり。
あのベタベタした感触も、ぱんだは苦手でした。
手にのりがつくと、気になってしまう。
すぐに、手を洗いたくなる。
制作の途中でも、席を立って手を洗いに行っていました。
そんなぱんだに、小集団療育で取り入れてもらった工夫があります。
ぱんだの横に、濡れタオルを置いておくこと。
手がベタベタして嫌になったら、その場ですぐに拭けるようにしておくんです。
私には、とても小さな工夫に見えました。
でも、ぱんだにとっては、嫌な感触をすぐに拭き取れることが大切だったんだと思います。
手を洗いに行くために席を離れることが減り、その場で制作を続けやすくなりました。
「席を立たないで」と伝えるだけではなく、
席を立たずに済むように、困っていることを減らしてあげる。
そんな支え方があることを、私はそこで教えてもらいました。
小集団療育で教えてもらったこの方法は、個別療育でも、幼稚園でも取り入れてもらいました。
苦手な感覚と、欲しい感覚
今振り返ると、ぱんだには、いろいろな感覚の特徴がありました。
つま先立ちでは、筋肉への刺激を求めているのかもしれない。
でも、遊具の揺れや動きは怖い。
手につくベタベタした感触も苦手。
「感覚に敏感な子」
その一言だけでは、わからないことがたくさんありました。
苦手な刺激もあれば、自分から求める刺激もある。
ぱんだのことを知るには、ひとつひとつの場面を見ていくことが大切なんだなぁ。
療育に通いながら、私も少しずつ知っていきました。
濡れタオル一枚で、見えるものが変わった
あの頃の私は、
「どうしたら、できるようになるんだろう」
と考えることが多かったように思います。
どうしたら、遊具で遊べるようになるのか。
どうしたら、制作の途中で席を立たずにいられるのか。
そんな私に、濡れタオル一枚が教えてくれたことがありました。
周りの環境をほんの少し変えることで、ぱんだが取り組みやすくなることもある。
手を拭けるようにしておく。
大人にとっては小さなことでも、その工夫があることで、ぱんだの困りごとは少し減る。
できるようになるための練習と一緒に、今、困っていることを助ける方法も考えてもらえる。
それが、とてもありがたかったんです。
「何が嫌なんだろう」
「どうしたら、この子はやりやすくなるんだろう」
そんなふうに、ぱんだを見てもらえる場所がありました。
そして、そこで見つけた方法を幼稚園でも取り入れてもらえたこと。
あの頃の私にとって、本当に心強い支えでした。
ぱんだを知る、小さなヒント
今でも私は、ぱんだのことを全部わかっているわけではありません。
これからも、
「なんでだろう?」
と思うことは、きっとたくさんあると思います。
でも、気になる行動にも、その子なりの理由があるのかもしれない。
そう思えるようになったことは、療育で教えてもらった大切なことのひとつです。
あの小さな濡れタオルも。
小さな、小さな滑り台も。
ずっと気になっていた、つま先立ちも。
今振り返ると、どれも、ぱんだの感じている世界を知るためのヒントだったのかもしれません。
あの頃はわからなかったことを、先生たちに教えてもらいながら、少しずつ。
ぱんだのことを知る時間は、今も続いています.



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