幼稚園に通い始めた、年少の秋。
新しい生活が始まる一方で、小集団療育へ行くのを渋ることがありました。
それまでスムーズに行けていたのに、入り口で拒否するようになったぱんだ。
「どうしたんだろう」
「何かあったのかな」
私は心配でたまりませんでした。
今回は、その頃の行き渋りについてのお話です。
「忍者で行こう」で入れた日
この頃のぱんだは、忍者が大好きでした。
行き渋っていたある日、補助の先生が、
「忍者で行こう!」
と、協力してくれました。
すると、少し楽しみながら、すんなり入れたんです。
好きな忍者になって、先生と一緒に。
「この方法なら行けるんだ」
私も、ほっとしました。
ところが、その数日後。
同じように忍者になって入ろうとすると、担任の先生から、
「忍者は中でしてね」
と言われました。
ぱんだは、そこで大きく怒ってしまいました。
この前は、先生が一緒にやってくれた。
だから、やっていいと思っていた。
それなのに、今日は違う先生に止められた。
ぱんだには、
「この前はよかったのに、なんで!?」
という気持ちがあったのかもしれません。
そりゃ、納得できないよね。
そう思う一方で、私は、目の前の強い拒否に困っていました。
せっかくスムーズに入れたのに。
また、どうしたらいいのかわからなくなってしまいました。
「何かあるんですかね」と先生に尋ねた
拒否する姿を見ると、いろんなことを考えてしまいます。
中で、何か嫌なことがあったのかな。
どんなことを言われているんだろう。
わからないからこそ、心配はどんどん膨らみました。
先生にも、
「何かあるんですかね?」
と尋ねてみました。
そのときは、お母さんが心配していることに気づいていて、気を引こうとしているのだと説明されました。
そう言われても、私には、
「じゃあ、どうしたらいいんだろう」
という迷いが残りました。
抱っこして、無理に中へ入れる。
それも違う気がしました。
ぱんだに納得してもらって、入ってほしい。
でも、何が嫌なのか、その理由がよくわからない。
理由がわからないから、どう対応したらいいのかもわからない。
本当に、
「どうしたらいいんだー!!」
という感じでした。
行こうとしているのに、入り口で難しくなる
ぱんだは、行く前からずっと嫌がっていたわけでもありませんでした。
前の日は楽しみにしていたり、車の中では話をして、納得したように見えたり。
直前まで手をつないで歩けた日もありました。
それなのに、入り口に着くと、急に難しくなる。
行こうと頑張っているように見えたぶん、私にも戸惑いがありました。
ぱんだも、
「〇〇が……」
「別の〇〇が……」
と、いろいろなことを話していました。
でも、それを聞いても、何がいちばん嫌なのか、私はつかめませんでした。
今振り返ると、行きたくない気持ちを伝えようとして、いろんな理由を挙げていたのかな、と思うこともあります。
ただ、そのとき話していたことが、本当に嫌だったのかもしれません。
当時の私には、そこまでわからなかったんです。
朝の拒否と、帰りの「楽しかった」
先生にお願いして、少し散歩をしてから、自分で入れた日もありました。
お迎えのときに、
「楽しかったー」
と、笑顔で帰ってきたこともあります。
中に入れば、楽しい時間もあったんだなぁ。
そう思うと、ほっとしました。
でも、楽しかった日があっても、次の朝もすんなり入れるとは限りませんでした。
小集団療育への行き渋りは、結局、そこに通っている間、最後まで続きました。
何かひとつ工夫をしたら、その後は大丈夫。
そんなふうには、いきませんでした。
今になって、思うこと
幼稚園では、好きな遊びを楽しめる時間がありました。
今思うと、ぱんだには、自由に過ごせる幼稚園のほうが居心地よかったのかもしれません。
細かなことを言われずに、自分の好きなように遊べる。
そんな時間が、好きだったのかなぁと思います。
ただ、これは今振り返って思うことです。
当時から、その気持ちがわかっていたわけではありません。
ぱんだ自身がどう感じていたのか、本当のところは、今もわからないままです。
療育に通う中で、できるようになったことはありました。
先生に助けてもらったことも、嬉しい変化も、たくさんありました。
その一方で、朝、入り口で立ち止まるぱんだを前に、どうしたらいいのかわからなかった日々もありました。
どちらも、あの頃の私たちのことです。
わからないまま、考えていた
あの頃の私は、ぱんだの気持ちを上手に理解できていたわけではありません。
怒る姿を見て、心配して。
話を聞いても、わからなくて。
先生に尋ねて、それでも迷って。
それでも、無理に入れるのではなく、ぱんだに納得してほしいと思っていました。
今なら、あの朝を少し違う角度から振り返ることができます。
でも、そのときは本当に必死でした。
「どうしたらいいんだろう」
入り口の前で、何度もそう考えていた私。
今、その頃の自分を思い出すと、
「わからない中で、よく考えていたね」
と、声をかけたくなります。
ぱんだの気持ちを知りたくて、一緒に入れる方法を探していた。
そんな朝が、何度もありました。



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