昔の療育の計画書(ぱんだ3~4歳時)を、久しぶりに読み返しています。
そこには、食事のこと、着替えのこと、お友達との関わり方。
今では忘れてしまっていた、あの頃のぱんだの姿が残っていました。
読みながら、
「あぁ、そうだった」
「こんなことも、手伝ってもらっていたんだった」
と、少しずつ思い出しています。
今回は、小集団の療育で支えてもらっていた、毎日の小さなこと。
そして、その中で見られたぱんだの成長を書いてみようと思います。
「かして」を、まだ知らなかった頃
療育に通い始めた頃のぱんだは、使いたいおもちゃがあると、勝手に取ってしまっていました。
動きも荒っぽくて、奪うようになってしまうことも。
でも、今振り返ると、
「使いたい時は、相手に言葉で伝える」
ということを、まだ知らなかったんだと思います。
計画書にも、先生が間に入って「かして」「ちょうだい」と伝えながら、関わり方を知らせていくことが書かれていました。
そうやって練習を重ねるうちに、ぱんだは自分の言葉で伝えられるようになりました。
ところが。
今度は、これまた極端。笑
「かーしーてー」
「かーしーてー!」
相手が「いいよ」と言うまで、何度も何度も。
その子の近くに置いてあるだけで、使っていないおもちゃでも、
「使ってないみたいだよ」
と伝えても、やっぱり、
「かーしーてー!」
ちゃんと返事をもらおうとしていたのかな。
当時の私は、そんな一生懸命な姿も、かわいくてたまりませんでした。
家のスプーンに合わせて作ってくれた補助具
食事にも、支えてもらっていたことがあります。
あの頃のぱんだは、食が細くて、今の姿からは想像がつかないほど細い子でした。
好き嫌いもあって、硬いものも苦手。
柔らかくて、小さめだと食べやすい。
そんなところも、食事の大切なポイントでした。
手先を使うことも得意ではなくて、スプーンやフォークの持ち方も、うまくいっていませんでした。
そこで先生が、手作りの補助具を用意してくれました。
家でも使えるように、普段使っているスプーンを一度持参して。
その形に合わせて、作ってくださったんです。
柄に取り付ける、長い部分のある補助具。
細かい持ち方は少し記憶が曖昧なのですが、長い部分を握りながら、親指・人差し指・中指の3本でスプーンやフォークを持つように使っていたと思います。
それをいただいて、家でも使い続けました。
すぐに「持ちやすくなった!」と感じた、というよりも。
続けるうちに、少しずつ持ち方が整っていった感覚です。
ただ、毎日同じスプーンを使っていたので、その変化にはなかなか気づけませんでした。
気づいたのは、ふと外食をした時。
お店のスプーンを、ぱんだが綺麗に持っていたんです。
「あれ……上手に持ててる!」
その姿を見た時は、感動しました。
もう、その頃には小集団の療育先を卒業していたので、先生に直接報告はできませんでした。
でも、家で使い続けていたあの補助具での練習が、こうして身についていたんだなぁと感じました。
以前、私がエジソン箸を持たせていた時には、当時のぱんだにはまだ早いことや、持ち方の練習にはあまり勧めないというお話も聞きました。
その時のぱんだに合った道具や練習を、先生に教えてもらいながら進めていたんですね。
「ずーーーーっとやってたいくらい、楽しかった!」
体の使い方の練習にも、忘れられない思い出があります。
ぱんだは、その頃、忍者が大好きでした。
先生は、そんなぱんだが楽しく取り組めるように、手作りで忍者の衣装を用意してくれたんです。
活動のことは先生から知らせてもらっていましたが、写真をいただいたのは卒業の時でした。
写真に写る、かわいい忍者姿。
「こんなことまでしてもらってたんだ!」
大好きなものを取り入れて、楽しく練習できるようにしてくださっていたことが、とてもうれしかったのを覚えています。
そして今回、昔のことを振り返りながら、今のぱんだにも聞いてみました。
「小集団の療育で、忍者ごっこしてたじゃない? 覚えてる?」
「うん!! もぅ、ずーーーーっとやってたいくらいたのしかった!!」
そんなに楽しかったんだ。笑
「どんなことしてたの?」
「川わたりだよ。水色のうえを、にんじゃのくつはいて行くの」
「ルールはあるの?」
「うん! まーっすぐ進むの! ひとりずつね」
水色のビニールを川に見立てて、忍者の靴を履いて、まっすぐ歩く。
一人ずつ取り組むので、順番を待つ練習にもなっていたようです。
私は先生のお話や写真から知っていたことを、今度はぱんだ本人が教えてくれました。
今もこんなふうに覚えているくらい、楽しかったんですね。
お友達にかけていた、優しい言葉
先生から聞いて、特にうれしかったのは、お友達との関わりでした。
お片付けを嫌がっている子に、
「また明日、あそべるよ。ね♡」
と声をかけていたこと。
先生たちが一人の女の子を「かわいいね」と褒めていた時には、もう一人の女の子にも、
「○○ちゃんも、かわいいよ♡」
と伝えていたこと。
……ただ、そのあとに、
「時々こわいけどね……」
が付いたそうです。笑
そこまで言っちゃうところも、ぱんだらしい。
帰る直前、ぱんだも一緒にいるところで先生から話を聞いたので、帰りの車では、もう褒めまくりました。
ぱんだは、少しはにかんでいました。
お友達を大切にできる、優しい子だなぁ。
それが、とてもうれしかったんです。
「かして」を知らずにおもちゃを取ってしまっていた頃から、こんな言葉をかけるようになった。
言葉で伝える力が育っていく中で、ぱんだの優しさにも、こうして出会えるようになりました。
家は、安心して過ごせる場所に
家でも、教えてもらった工夫を取り入れていました。
「今のぱんだに必要なこと」
そう思って、前向きに取り組んでいました。
色んなところで少しずつ成長が見えていたので、続けることで身についていくと信じられたし、やりがいもありました。
でも、家でも毎日ずっと頑張っていた、というわけではありません。
まず、療育先でしっかり頑張っている。
そのことは、頭に置いていました。
家では安心して過ごせることも、大切にしたかったんです。
しんどい時は、私も休憩。
全部が全部はできないから、できる時に、できるだけ。
私自身も、笑顔でいたかった。
ただ、手が出たり、物を投げたりした時など、「ここは今、向き合いたい」と思う場面では、体調が悪くても話を聞くようにしていました。
「どうして、そうなったの?」
最初は言葉での説明もうまくなくて、聞いても分からないことがたくさんありました。
それでも、ぱんだとお姉ちゃん、両方の話を聞いて。
言葉から、気持ちをくみ取って。
「そんな気持ちだったんだね」
と、一度受け止めてから、
「でも、それはいけないことだったね」
と、したことについて話していました。
全部を先生に任せるわけでも、家で全部を練習にするわけでもなく。
その時の私なりに、ぱんだとの毎日を過ごしていたんだと思います。
記録の中から、また出会えた成長
計画書に書かれている短い言葉の向こうには、こうした毎日がありました。
何度も繰り返した「かして」。
家のスプーンに合わせて作ってもらった補助具。
大好きな忍者になって渡った、水色の川。
そして、お友達にかけた優しい言葉。
今では当たり前になったことも、あの頃は先生に支えてもらいながら、少しずつ覚えてきたことだったんですね。
記録を読み返して、ぱんだと話して。
忘れていた小さな成長に、また出会えました。
「ずーーーーっとやってたいくらいたのしかった!!」
今のぱんだがそう話してくれた、あの忍者の時間。
写真を見てうれしくなった私に、数年越しで、本人の楽しさまで教えてもらえた気がします。


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