秋になって、朝の楽しみがひとつ増えました。
それは、ぱんだと一緒にする栗拾い。
いつもの登校途中に。
アスファルトの道に落ちている栗を、ふたりで探しながら歩くんです。
右側は私、左側はぱんだ
栗拾いには、なんとなく担当があります。
道の右側が私。
左側がぱんだ。
それぞれの足元を見ながら、栗を探します。
栗の木があるのは、道の右側です。
だから、私のほうがかなり有利。
左側にも落ちていることはあるけれど、やっぱり少なめです。
ぱんだ、もしかしたら見落としていることもあるのかなぁ。
そんなことを思いながら、ふたりで歩く朝の道。
いつもの登校が、ちょっとした宝探しの時間になっています。
昨日は、たったの1個
昨日の収穫は、1個でした。
「あー、今日は1個しかなかったねぇ」
少し残念に思いながら、ふと夫に話しかけました。
夫は、今年亡くなりました。
今でも寂しいし、会いたいなぁと思います。
でも最近は、日常の中で、自然と夫に話しかけることが増えました。
コーヒーを飲んで、ほっとしているとき。
家族と過ごした一日を、思い返すとき。
「今日、こんなことがあったよ」
と報告するよりも、
「今日、こんなことあったねぇ」
と、一緒に思い返しているような感じです。
昨日も、心の中でこんなことを。
「こんなこと言ってて、明日いっぱいとれるようにしてくれてたりしてー」
なんて。笑
冗談半分だけれど、夫なら子どもたちの喜ぶ顔を思い浮かべて、張り切ってくれそうだなぁ。
そんなことを想像する時間が、私は好きなんです。
翌朝、まさかの10個!
そして、今朝。
いつものように栗を探しながら歩いていると、
あれ?
ここにも。
あ、こっちにも!
拾ってみたら、なんと10個!
今までで一番の収穫でした。
この道の栗は、早朝に動物たちが食べてしまうことも多くて、私たちが通る頃には、あまり残っていないんです。
それなのに、今日はこんなに。
しかも、明日からは学校がお休み。
登校前の栗拾いも、少しお休みになる、その前に。
このタイミングで10個も拾えたことが、なんだか嬉しくて。
思わず、心の中で呼びました。
「夫くーーん!!笑」
昨日の話、聞いてた!?
ぱんだとこじかが喜ぶ顔を思い浮かべながら、頑張って栗を落としてくれたのかなぁ。
そんな姿を想像したら、嬉しいやら、おかしいやら。
「夫くん、栗落とせるとかすごーい!」
「生きてるときよりすごいー!笑」
なんて、つい話しかけてしまいました。
大喜びの母と、いつもどおりの息子
ちなみに。
こんなに喜んでいる私とは対照的に、ぱんだはというと。
しれーっと、いつもどおり。笑
今日は左側に栗がなかったからか、さっさと先に歩いていってしまいました。
右側で栗を拾うのに夢中になっていた私は、気づけば置いていかれていて。
ちょっと待ってー。笑
母はこんなに盛り上がっているのに、息子はすっかり登校モード。
そんなところも、なんだか私たちらしい朝でした。
夫からのプレゼントだと思っていたい
たまたま栗がたくさん落ちていて。
動物たちに食べられずに残っていて。
それが、ちょうど今日だった。
そういうことなんだろうけど…
でも、
「夫がしてくれたのかなぁ」
そう思うだけで、私はずっと、ずーっと嬉しい気持ちでいられるんです。
今日の10個は、夫からの小さなプレゼントだと思っていたい。
夫がいない寂しさは、今も全然あります。
それでも最近は、こうして夫を思い浮かべて、笑う時間が増えました。
一緒に栗を探しているような。
子どもたちの喜ぶ顔を、一緒に楽しみにしているような。
ふとした日常の中で、夫を近くに感じています。
今日も、ゆっくり。
朝の登校前。
いつもの道で、親子ふたり、栗を探す。
ほんの短い時間だけれど、昨日は1個だった栗が、今日は10個。
いつもの道に、楽しみがころんと落ちていました。
今日は子どもたちに栗ご飯を作ってあげたいなぁ。
食べる時も、きっと。
「ふたりとも、喜んでるねぇ」
なんて、夫に話しかけるんだと思います。
夫くん、ありがとう。
でもね。
栗拾いに夢中になってたら、ぱんだに置いていかれちゃったよ。笑
そんな、秋の朝のお話でした。🌰



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